フラグメント 古処誠二(322)

フラグメント (新潮文庫)

フラグメント (新潮文庫)

$八月四日
宮下敬太は、ヘッドホンステレオをつけたまま歩く。
そして見覚えのある顔に出会う。

〜この見覚えのある顔というのが、実は後半ぎりぎりまで違う顔を読者に想像させる事になる。
しかも、それすら、しばらくたたないとわからないので、「見つけた」気になる読者は、完全に疑う余地もなく「彼等」だと錯覚する。

$八月二十五日
宮下敬太が呼び出した相手と鉄橋脇の土手で会う。
相手が思った奴じゃなかったことは「お前など呼んだ覚えはないけどな」という言葉でわかるけれど、実際に誰を呼んだかそれは、やはり最後まで判明しない。

$八月三十一日

この描写の一人称が、誰であるか、読んで最初からちゃんとわかる奴がいるわけはない。違うやつだと思っちゃう。
当然だ。
だってホントの人はまだ出てきてない人なんだもの。

$九月五日 十三時三十四分
東海大地震発生

そしてのちに「藤和マンション地下駐車場事件」と呼ばれる、少年達と彼らの担任教師とによる事件が起きることになる。

もちろんその事件は、地震によって密室化した地下駐車場でなければ起こり得なかったものであり、当然、宮下敬太に関する事件である。

しかし、その場に宮下敬太はいない。

いないどころか、その駐車場に取り残された彼らは、実は宮下敬太の葬儀に出席するために担任教師の借りたミニバンに乗せられ今まさに出発する所だった。

そのメンバーは、
宮下敬太の親友である 相良優。
宮下敬太の彼女である 早名由梨江
相良優の彼女の    香椎紀子
クラスの学校の、いや町中のやっかいもの 城戸直樹
そして彼の腰ぎんちゃくである      小谷孝
それから彼らの担任教師         塩澤

その地下駐車場とは、城戸直樹のマンションの地下だった。
教師の塩澤は我が身の保身のためか、彼らをいっしょくたに車に放り込んで宮下の葬儀に向かう所だった。

その地下駐車場で、地震によって出口のスロープがふさがれ、今にも天井部分が落ちてくる危険にさらされ、彼らがそれ以前に起きた事件をどう解釈しどう推理しどう決着させようと試みたのか、そしてどのように決着したのか。

その切り口は、かなり風変わりである。
尋常でない、というほどではないにしても、普通じゃない。

それ故、「何がなんだかよくわからなくて、なんだか読みづらい」って事にもなるわけだけれど、そのあたりのもつれ気味の糸を丹念に辛抱強くほぐしていうと、その先に結末がある。

結末は、まさしく、醜態そのもの。

さわやかな終わりはない。

清清しさも、すっきり感も、ほっとするような安堵も
な〜んにも待っていない。

ので、読後感も、決して良くない。

ワザを見せられたなあって言う、なんとなく達成感みたいなものだろうか・・あるのは。


「生徒の前を歩くか後ろを歩くか」・・教師はそのどちらかに分かれる。〜と死んだ宮下は言っていたという。
そして
「前を歩くには知力がいるし、後ろを歩くには腕力がいる」と。

前を歩く教師は、生徒に合わせて思考の速度と方向を切り替えられるから、常に一歩先を進む。二歩や三歩でなく、一歩。生徒の視界から消えることがない。
そこには法則なんてない。
作っちゃいけない。
受け持つ生徒はひとりひとり違う人格であるのは当然なのだから。
しかし対応できない教師は、その原因が自分にあることを気付かず生徒の意思を統一させることに必死になる。
生徒をビビらせていう事を聞かせようとする。

この塩澤は、そのどちらもない。
ないから、そのうち、体力をつけようとするだろう、そう宮下は言った。
その通りになった。鉄アレイを自家用車に持ち込むといったように・・。


いじめは、なくなったりしない。
人間がそういう生き物であることは、いまや間違いのない事実なのだろう。
何かを排除し、何かを差別し、弱いものを虐げる。

それをいかに処理し運営するか。
教師には、その手腕というものを見せる事が求められているのかもしれない。

しかし、今の世の中、さほどその論理どおりに進まないことも確かなんだろうと思う。
守られるべきものではないものが守られ、凶弾されるべきでないものが標的になる。

宮下敬太は、その教師に
「せんせい、教師を辞めてくれ。一生懸命やっても生徒を指導できないって事は、あんた教師に向いてないんだよ。人には向き不向きがある。才能もない奴に教師でいられたら生徒が迷惑する。責任から逃げるくらいなら親のすねでもかじってろ!」
と言った。

そして彼は・・・・。



こういった褪めた感じの応酬が、この話の核心なんだろうなあと、思う。

全国の能無しの教師に、言うべき言葉であると同時に、我が身にも
「もうやっていけない,そう思ったら即刻やめよう」

そういう決心をさせられた話でもあった。