貴族探偵 麻耶雄嵩(306)

貴族探偵

貴族探偵

 自分は推理なんて下賎なことをしないで、召使3人にやらせるところがいいね。廃工場だろうがどこであっても、すぐに自分のティータイムフィールドを作ってしまうのもいい。出落ちっぽいから続くとは思えないけど。
1 「小細工重ねて足元を掬われる」自殺に見せかけた糸の密室で殺したはいいが、犯人候補と同じバッグを使って、犯行に使った鍵の入れ替えを行っておいたら、それもバレてたぜ。
2 ブッ殺した奴の首と腕を使って、床屋でカットしてたぜ。ケープの中はマネキンだぜ。これで死亡推定時刻を大幅にずらしてアリバイを作ったぜ。だから犯人は床屋に決まってるぜ。
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“替え玉”を使った陳腐なアリバイトリックに、読者にのみ事実を示すことで作中の登場人物との間に認識のずれを生み出すトリック――“逆叙述トリック”(*3)を組み合わせて、先鋭的なミステリに仕立て上げた作者の手腕に脱帽。
 まず事件前日の場面では、そこにいる人物が貴生川敦仁であることを読者に明かしつつ、それが“絵美の恋人”であるかのように読者をミスリードするとともに、絵美と紀子が“貴生川を大杉道雄だと誤認していること”を巧みに隠蔽してあります。さらに事件当日には、前日の場面の仕掛けに加えて、貴生川を“貴生川と大杉道雄の二人”と見せかける一人二役を成立させてあるのが非常に秀逸です。
 読者が真相を見抜くための手がかりとなるのは、事件当日のランチの座席に関する記述。"“昨日と同じテーブル”"(120頁)はそもそも"“四人掛けのウッドテーブル”"(111頁)なので大杉道雄・大杉真知子・貴生川・絵美・紀子の五人では席が足りませんし、"“貴生川は今日は絵美の向かいに座っていた。”"(120頁)にもかかわらず、絵美が"“向かいのコーヒーカップ”"をくすねた際に紀子が"“それ大杉先生が使っていたカップじゃない。”"(125頁)とたしなめていることを考えれば、絵美と紀子が“貴生川を大杉道雄と認識している”ことに思い至るのも可能でしょう。

4 別の場所で殺した。そのために部屋の配置ごと変えてるっていう。
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>> 水口が尼子に殺され、尼子が高宮に殺され、さらに高宮が水口に殺された、煙詰めならぬ"“煙殺人”"(263頁)――いわゆる“円環殺人”の構図が早々に示されているのがまず異色。そしてそこからどうひっくり返すのかと思っていると、水口が高宮に殺され、高宮が尼子に殺され、さらに尼子が水口に殺されるという、文字通り“ひっくり返した構図”が用意されているのに脱帽です。そして作中で貴族探偵が指摘しているように、"“三人が三人とも、ライヴァルを殺し、もう一人のライヴァルに罪をなすりつけて一人勝ちをしよう”"(287頁)と企んだことで、正逆両方の向きの“円環殺人”が比較的自然に成立しているところがよくできています。
 三人の被害者に対応させる形で三人の使用人がそれぞれの謎解きを分担し、最後にそれらをまとめる形で“円環殺人”の構図が示されているのも面白いところで、貴族探偵が推理を使用人に任せるという設定がそれなりに効果を上げている感があります。