名探偵 木更津悠也 麻耶雄嵩(327)

名探偵 木更津悠也 (光文社文庫)

名探偵 木更津悠也 (光文社文庫)

散々ケチを付けておきながら、何故か買ってしまう麻耶雄嵩。今回は、『白幽霊』をひとつのポイントとして導かれる、4つの事件からなる短編集。ちなみにタイトル通り木更津悠也モノ。帯の謳い文句には『名探偵の、名探偵たる所以。』とあるが、ある意味その通りの作品。とにかく全編を通して、ワトソン役の作家・香月によって語られる『名探偵・木更津悠也万歳!』といった感じ。名探偵は如何にあるべきかといった事が頻繁に出てくる。トリック云々に関しては、この帯の謳い文句の下に書かれている『本格ミステリを破壊し、再構築する。』程ではなく、麻耶雄嵩にしてはかなりオーソドックスな感じがするが、香月のキャラクター性を考えて読むと、これもあながち言い過ぎでは無いとも思えてくるから不思議。まず、名探偵である木更津より、実は香月の方がずば抜けて推理力があり、それを木更津は知らない状態。しかも、推理に行き詰った木更津に対して、間抜けな助言を装って助け舟を出す。この香月の意図にも全く気付ない。木更津よりも優れた推理力を持っているにも関わらず、自分はすすんでワトソン役になり切りるのは、ひとえに『名探偵・木更津悠也』の勇姿を見たいが為の事。この作品(シリーズ)に於いて、名探偵と呼ばれるのは木更津であるが、香月の方が一段高みにいる事は間違いないと言えるだろう。云わば名探偵ですら、ワトソン役の掌の中と言う訳だ。こんなに馬鹿にされた扱いを受ける名探偵は珍しいだろう。しかし、これは客観的に見た場合であって、個人的な意見を述べると、香月にはちょっと怖い面を感じた。軽く例えるなら香月の『ひとり木更津萌え』だが、名探偵・木更津に対する執着心の強さは生半可なものではない。表に出る事の無い捻じ曲がった執着心。これはやはり、血は争えないという事だろうか(メルカトル鮎と兄弟)。名探偵が颯爽と事件を解決するようなモノを読みたい人には、香月に対してはかなり苛々いするかもしれないが、私は概ね楽しめた方だと思う。まぁ、今までの麻耶雄嵩の作品に比べて比較的読み易かったというのも大きな要因ではあると思うが…。最後に、全編を通して登場する『白幽霊』という心霊現象との絡みだが、この幽霊騒ぎに対しては解決こそしないままだが、オカルトに頼りすぎる事無く、上手く消化出来ているのではないかと思う。

「白幽霊」
 一目瞭然の真相は鮮やかですが、意図的でなかったとはいえ口裏合わせによるアリバイは、今ひとつ面白味を欠いています。
 見どころはむしろ、木更津がいかにして真相に到達するか、より正確にいうならば“名探偵プロデューサー”たる香月がいかにして木更津を真相へ導くか、というところでしょう。名探偵より先に真相を見抜いて気づかれないようにヒントを出し、木更津の名探偵ぶりを堪能するというマニアックな心理が何ともいえません。

「禁区」
 “幽霊が実在する場合に、人はどのように行動するか”という、異世界本格にも通じる奇妙な論理が魅力です。印刷部屋にショベルを返しにいけないことをごまかすために、死体に石灰をかけるという発想が非常に秀逸です。

「交換殺人」
 “湯舟啓一”と“湯舟敬一”という、単なる誤植かと思わせる伏線がよくできています。
 真相の一部は、法月綸太郎のある作品(以下伏せ字)(「ABCD包囲網」)(ここまで)と似ているようにも思えます。最初の犠牲者がありふれた名前だったために二人目を殺さざるを得なかったというところが印象的です。

「時間外返却」
 殺人現場が同じマンションの中であることを導くロジックはよくできていると思いますし、真犯人も意表を突いています。しかし、名探偵より先に真相に到達したワトソン役が、悪戯心から事件を進展させてしまうという、前代未聞の展開が印象に残ります。