海辺のカフカ (下)  村上春樹(153)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

 例によって、ずっと作者が独り言喋っているような閉鎖的な世界が全ての話だが、二つの物語をパラレルに進行させたり、積極的な時間・空間の移動を行うことでそうしたストレスが減少している。この世界観・価値観に対応できるかできないかがファンか否かを一発で選りすぐってしまう。そのくらいに強固で揺るぎ無いものだ。端的に、それがこの小説家の価値でもあるといえる。

「(前略)それにだいたい、あの絵はもともとあなたのものだったのよ」
「僕のもの?」
 彼女はうなずく。「だってあなたはそこにいたのよ。そしてわたしはとなりにいて、あなたを見ていた。ずっと昔、海辺で。風が吹いていて、真っ白な雲が浮かんでいて、季節はいつも夏だった」